退職にあたっての唯一の心構え

長年勤めた会社を退職することは、ある意味では勇気のいることかもしれません。

しかしながら現在、大手起業が次々と経営不振・不祥事に陥る中で、そのような職場に勤められている方は、ある日突然、退職の選択をしなければならない状況がくるかもしれないのです。

またこれだけではなく、近年問題となっているブラック企業(一般に認知されている企業以外でも、水面下でそのような体質になっている中小企業、あるいは一部門のほうが問題は深刻です。)についても、場合によってはうつ病の発症で長ければ数年間も再就職できないような後遺症を残すなど、軽んじて論ずることはできない、深刻な問題を内包している状況であると思います。

私自身、今年一般に大手優良企業といわれる会社を諸事情で退職するにあたり、ネットで多くの情報を集めました。その内容は大別すると、以下のカテゴリーに分類できます。

①退職に関する事務的・法的な手続きについて
②退職の心構え(円満退社を目指す?前の職場の不正、不正義に対抗して闘争する?)
③退職にあたっての準備
④退職経験者の、その後の生活についての感想や、有識人の会社員、独立に関する考え方

色々な方の情報を参考にしましたが、意外といえるほど意見のブレは少ないことに驚きました。私が大学新卒で前の会社に入社するときには、『合同説明会に出て、エントリーシートを貰って、大学での説明会・就職活動室を活用して、SPIやって、プレゼン力・語学力を磨いて・・・』のように、ある種のマニュアルのようなものがあったと記憶しています。

退職なんて、一斉リストラでもない限り、パラパラと個人の主観で進めていくものながら、確実に多くの人が歩んでいる道であり、そうである以上、主流というか、型のようなものが、この不定形な行事にもあるのですね。

先ほど、異口同音に示される方向性の振れ幅は大きくない点に触れましたが、一つだけ例外がありました。それは、「退職にあたっての準備」です。要は、準備などなくても、いますぐ退職したほうが良いとする説と、水面下でしっかりと次の転職先を見つけてから、独立するのであれば、事業リサーチ、人脈作り、資金計画を十分吟味したのち、退職の意向を浮上させるべし、とする説です。

当然、退職をする状況は千差万別であり、今すぐ離れないと仕事に殺されてしまう!そもそも、転職準備をする時間が取れるような職場だったら会社を辞めないよ!と感じる場面、まだまだゆとりがあり、準備できるのであれば準備しよう・・・という場面もあるので、その準備形態も複数になるのは、ある意味では自然だと思います。

私の場合には、職場自体に大きな問題があったという訳ではなく、比較的ゆとりがある中で退職を決断しましたが、その思考はいわゆる転職組ではなく、何かに縛られることに疑問を感じる独立志向によるものでした。
そんな私にとって『しっかり転職準備しないと退職しちゃダメ』とする説は、理解できるものの、何となくしっくりきませんでした。反面、『あなたはもう十分頑張っているんだから、先のことに悩みすぎず、自分が楽に生きられる選択を早く取りなさい』という言葉に、グッと心を持っていかれた、悪く言えば、口車に乗った面があります。

事実として、退職後にはそれまである意味当たり前のように受け取っていた、給与所得が無くなります。生活をするためには、衣食住、病気になれば治療費、最低限社会的に人と交流を図るためには、生活余剰金も必要になるので、確かに準備は必要ですし、そうしたほうが良いことになります。

突然別のことを書きますが、会社を辞めたいと思う気持ちは、あたかも浜辺に打ち寄せる波のようであると、私は感じます。あるとき、職場で辛抱ならない事情が発生して、もうやってられるか!こんな会社辞めてやる!と思い、そんな思いを抱えたまま長時間残業をして、週末に同僚と飲みにいくと、職場の問題点にクダを巻く・・・。そんなこんなのうち、フッと気持ちが軽くなって、まあ急ぐことじゃなし、給与もあるしいずれ良い方向に向かうこともあるだろう、また今度、転職サイトでも見てみるかな、と思って床に就く。それがサラリーマンではないでしょうか。

ある意味、それで良いのです。自分のキャパを越える自体にも、なんとか柔軟性を発揮して仕事を続けることは、とても難しいことですし、とても立派だといえることです。そうして、自分、場合によっては家族を支える給与を得ているのですから。

ただし、人生の時間は永遠ではなく、もっと言えば、健康に働くことができる時間は限られています。そして、それは上のような生活をしているサラリーマンにとっては、自分の予想するよりもずっとずっと短いものです。
また、同様に人生は一度きりしかありません。考え方は変わっていくものですが、社会に出て働き始める前、自分の年収やポストに捉われず、純粋に世の中でこのように活動していきたい!と思ったことが満足にできていないと感じることがあれば、あなたは漫然と、だが確かに『自分の目標を実現せず、原状の世の中に同調する』という選択肢を取り続けていることになります。

そんな限られた時間の中で、もしある時、何かしらのきっかけで、本当に生きる意味を自分に問い直す機会に巡り合えたとしたら、サラリーマンの波間を漂いつつ、しっかりと転職準備をして・・・と進める時間は、外野が正論で諭す内容を完了するまでをゴールと考えた場合、数か月、場合によっては数年になるかもしれません。

人生の時間とは、言い換えればいろいろなことをする機会であり、それを失うことは機会損失となります。幸いにも、会社に居ながらにして自分の求めている機会を得られていれば、あなたは仕事が大変でも、転職をする必要はないし、しないほうが良いと思います。
逆であれば、これは真剣に考える事態であり、そもそも退職の気持ちを引き波、押し波の間で考える時間自体が損失を生み出していることを考えるべきです。給与が無くなり生活できなくなることを考えるのであれば、逆にどうしたら、最低限度であっても、生きることができるのかを考えたほうがいいです。実家に戻る、パートタイムで勤める、田舎で畑を耕す、不動産、金融資産を運用して不労所得を得る、ネットでyoutuberになって暮らす、生活費が安い海外に移住する、ヒモ・すねかじりになる、生活保護を受ける・・・考えれば、準備せずとも生活する方法はあるはずです。

このため、退職にかかる問題は、準備というよりも、退職した後、やりたいことを実現できるのであれば、他のリスクは一手に引き受けてやる!という心構え・覚悟だと思います。例えば、独立したとしても、見かけ上は収入が安定しないことが開業当初のうちはほとんどなので、社会的な信用(クレジットカードの作成、銀行口座の開設、ローン付け)や、独身であれば結婚のハードルは上がることが予想され、リスクになると思います。

いわゆる、『社会的安定(笑)』というやつです。また、今後医療費、介護保険適用幅が縮小されれば、大病をしたときに金策が打てず、社会的病死をするリスクもあります。もっと究極的には、お金に困って自殺してしまう可能性だってあります。
敢えて書きますが、極端な場合でも死ぬだけなので、それまでに与えられた時間を目標に向かって使おう!という気概があれば、何も問題にはならなくなります。また人間の致死率は100%です。豊かに生きようが、幸せ/不幸せに生きようが、100年とモタない脆弱な生き物であります。

退職など、とくに欧米では人生のライフイベントの中では大した意味を持たないはずですが、もしそこに完璧な準備を求める声を見かけたら、一度自分の心の内に問いかけ、その問いを疑ってみることを忘れないようにしてください。常に、自分の取る選択だけが、唯一の正しい道となります。決まりきった正解など、ありはしません。

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